2007年11月01日
蔵ごよみ〜11月号〜
<日本酒の起源>
 日本列島に住む人々がいつ頃から米を原料とした酒を造るようになったのかは定かではないが、稲作、とりわけ水稲の耕作が定着し、安定して米が収穫できるようになってからのことであるのは確かと思われる。日本国外には、中国大陸揚子江流域に紀元前4800年ごろ稲作が始まり、ここで造られた米酒が日本に輸出されたのが日本酒の起源とする説もあるが、さまざまな点で無理があり、日本国内ではほとんど支持されていない。
 日本に酒が存在することを示す最古の記録は、3世紀に成立した『三国志』東夷伝倭人条(いわゆる魏志倭人伝)の記述に見られる。同書は倭人のことを「人性嗜酒(さけをたしなむ)」と評しており、喪に当たっては弔問客が「歌舞飲酒」をする風習があることも述べている。ただ、この酒が具体的に何を原料とし、またどのような方法で醸造したものなのかまでは、この記述からうかがい知ることはできない。ちなみに、酒と宗教が深く関わっていたことを示すこの『三国志』の記述は、酒造りが巫女(みこ)の仕事として始まったことをうかがわせる一つの根拠となっている。
 もう一つの根拠は、「医」という文字の変遷に見られる。中国大陸においては、古くは同じく口噛みの製法で紀元前14世紀ごろアワ(粟)、キビなどの雑穀から「小米酒」(小米は粟の意。)を造ることから醸造の歴史が始まり、紀元前8世紀には「米酒」の時代に入っていた。ただし、「米」は「種」という意味でしかないので、注意が必要である。1世紀ごろの漢方医学の書物には、古代漢方において酒醪(しゅろう)と呼ばれる処方、すなわち服薬に際して「酒で煎じるべし」「酒で服用すべし」といった指示が頻繁にあらわれる。こうしたことから、当時すでに米で造った酒が医療的に重要な意味を持っていたことがわかる。
 「医」の旧字体「醫」の部首である「酉」(とりへん)は、「醸」「醗」「酵」のように酒に関連した物事をあらわすが、これは酒を醸す壺が半ば土に埋まっている象形に起源を持つ。さらに時代をさかのぼると「醫」の下部「酉」は「巫」であった。これはすなわち、まだ医療行為の主流が現代でいう「占い」のようなものであったころ、集落や古代国家においてそれを司る者が巫女もしくは巫祝(ふしゅく)であったことを示している。またその文字が時代とともに「醫」に変化していったことから、医師である巫女・巫祝が、「占い」に加えて今でいう「薬物療法」を取り入れ、医術が進歩もしくは変化してきたことがうかがえる。すなわち、生薬(しょうやく)の類を医師が酒醪として処方するようになってから、「医」の文字も「醫」に変化していった、と考えられるのである。


<秋をめでながら>
深まりゆく日本の秋を彩る、色鮮やかな木々…紅葉狩りこそ秋の醍醐味と言っても過言ではありません。美しい最盛期を逃さず、秋の色を堪能し,おいしい日本酒を如何ですか?v(=∩_∩=)

<紅葉スポットと時期> 石川県
・白山集落一帯:白山市字白峰 9月中旬〜11月中旬
・白山市白山公園線沿線:白山市白峰 10月上旬〜11月中旬
・宝達山:羽咋郡宝達志水町紺屋町 10月上旬〜10月下旬
・荒俣峡:小松市赤瀬町 10月下旬〜11月下旬
・那谷寺:小松市那谷町ユ122 11月中旬〜12月上旬
以上県内の主なスポットと予想です。

 
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2007年09月21日
蔵ごよみ 9月号
 その昔、心ある飲み屋には"お燗番"がいました。女将を引退したお婆さんが、鉄瓶の前に陣取って、お客様の様子を見ながら適度な温度にお燗をつけていたのだとか。お客様の好みに合わせるのはもちろん、接待役があまり酔わないようにと熱燗を出したり、疲れた様子の人にはぬる燗をサービスしたり。まさに、おもてなしの極意です。 また、普通の家庭でも、かつては特別な客をもてなす際にお燗酒を供していたようです。ひと手間加えてお酒を温めるーーお燗酒は、いかにも日本人らしい気配りを感じさせます。 
 心のこもった抜群のつけ具合のお燗酒を、美味しい料理と、楽しい人と一緒に、ゆったり楽しむ。それだけで、日本に生まれてよかった、と感じる"癒し"のひとときが生まれるのではないでしょうか 。

<燗酒>
お燗酒の楽しみは、寒いシーズンに温かい飲み物を、というのはもちろん、温めることで変化するお酒そのものの味わいを楽しむところにもあります。 同じお酒でも、いろんな温度で楽しめるのは、日本酒のなによりの特徴。ほんのりお燗すると、お酒本来の味がふっくら膨らんで、隠れて眠っていた力が大輪の牡丹のように花開くのです。

<美味しく燗酒を>
風情を大切にしたい雰囲気重視派なら、やはり湯煎をする要領でお湯に徳利をつけて温めるのがいちばん。やかんや鍋で湯を沸かし、火を消してから徳利を浸します。冷蔵保存されていたお酒は、水からつけて、徐々に温めていくのも手です。このとき気をつけたいのは決して水を沸騰させないこと。そして温まりすぎを防ぐため、こまめに目をかけてください。お燗風情たっぷりに、ポットのお湯で簡単に湯煎ができる卓上の湯煎徳利もあるのでご活用を。

 
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2007年08月01日
蔵ごよみ(8月号)

日本の夏の風情
 

当たりまえだが夏は暑いのです。しかしながら、四季のある国「日本」では、それを季節の事柄として受入れ、工夫し、楽しんできました。特に我々の住む石川県や金沢では日本海側特有のフェーン現象の関係もあり、夏場には日本でも有数の湿度の高い、高温な日になることが多々あります。そんな暑い夏を過ごしながらも、昔の人は夏を過ごす知恵がありました。またそれを風情として楽しんでいました。

 

まず、旧来の町屋は木造建築で風の通りが素晴らしく良く、家に入っただけで現在のクーラーをつけているように涼しく、暑さをほっと一息凌げる造りです。しかも路地には木陰も多く、おまけに打ち水なんかをすると、とても自然に清涼感を感じることが出来ました。また、着物は夏になると、浴衣や一重の着物に替えて見た目も涼しさを感じさせて涼を取っていました。風鈴や朝顔などなど、物理的に涼しくなりはしないけれど、心を涼やかにする工夫をたくさん持っていました。

 

最近では食材の季節感が少なくなってきましたが、「なす」「きゅうり」「トマト」といった夏野菜が毎日食卓にのぼりますが、金沢独特の加賀野菜の「太きゅうり」「つる豆」なども欠かせないこの季節の野菜です。また、夏になると「鮎」や「ごり」などの清流に泳ぐ夏の魚を楽しむようになります。北大路魯山人によれば、金沢の犀川の鮎は奈良県の吉野川、四国の吉野川と共に日本三指には入る美味と称しています。

 

お酒にとっては、冬に造ったお酒が蔵の中でじっくり熟成の時を重ねる重要な時期でもあります。また、最近では冷蔵、冷凍設備の発達によって寒作りを生の状態で保存し、夏に生酒や生貯蔵酒として冷酒として楽しむ風習も定着してきました。

 

こんな暑い時期ですが、たまには日本人としてキリッと着物や浴衣を着て、窓を開けっ放しにして(蚊取り線香を焚いて)、夏の素材の魚や野菜のお料理で、夏のお酒を楽しんでみるのも一興なのではないでしょうか。


 
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2007年06月27日
蔵ごよみ (6月号)

  お米の値段について

 

 先日、日本有数のブランド米「神子原米」の田植えに参加してきた。当社は羽咋市とご縁があり、オーナー田の登録をしており、年二回田植えと稲刈りに参加をしている。いつも田植えの数日後には体が痛くて動けなくなるが、とても楽しく、いい経験である。そこで思ったお米の値段について思う事を少し・・・

 まずは、その「神子原米」はメチャクチャ美味しい。でも、かなり高い(*_*)
で、その値段を分析したい。
 神子原米は約60kg36,000円以上もする超高級米だが、通常スーパーでは安い物で10kg2,000円ぐらい(売れ筋は3,0003,500)なので、60kg換算で12,000円ほどになり実に3倍も高い。
しかし、これが毎食の茶碗一杯の量に換算すると、安い米で20円程度、最高級の「神子原米」で60円になる。コーヒー一杯が3400円である。先日東京のホテルのロビーで飲んだコーヒーはそのまた倍ほどした。
こんな風に考えると私にとっては、ろくに味も解らないコーヒーを毎日の様に何杯も飲むのが習慣になっているが、それなら美味しいお米を食べるのに40円や50円高かろうかどうかは、私にとっては詮議の余地の無い事になってしまうのである。

 しかしながら、物の価値は絶対価値と相対価値からなるのであるので、昔から毎日食べて来た「米」というものにそこまで金をかけるのか?また、一膳分がいかに安かろうとも、その米を購入するにはまとまった金額が必要になり、二の足を踏んでしまう事も事実である。

 そう考えるとたいへん難しい問題であるが、結論は今の日本において「米」や生活品の消費者物価に関わる物の価格はこの国の生活水準に比べて特別低いのだと思う。消費生活の保護・安定は重要な課題ではあるが、特に食料の低価格が有る限りは、農家の生産意欲の向上や生産量の増加は望めず、食料需給率向上や近い将来に訪れるであろう食糧不足の観点からも解決出来ぬ問題となってしまうと思うのである。


 
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2007年05月01日
蔵ごよみ(5月号)
「身土不二(しんどふじ)」
 食の安全性が叫ばれ始めてから、「オーガニック」「スローフード」「LOHAS」など幾つもの言葉が生まれ、そして消えつつあります。考え方や、行動は正しいのだが、如何せんマスコミに載ってしまうと火が点くのはとても早い。しかし、一時的なブームに終わってしまいがちです。ライフスタイルの中でのファッションの一部になってしまい、後が続かない感じがします。
 その中でも残っているのは「地産地消」という言葉のような気がします。「地産地消」という言葉は響きも良いと思いますが、消費の「消」だったか、商売の「商」だかよく判らなくなることがあります。浸透拡大には定義と言葉を明確にしなければと思います。そこで「身土不二」です。字面の通り「体と土地は別のものではない」といった意味で私は「地産地消」の後継にぴったりなのではと考えます。
 また最近、昔からの言い伝えで、「人は生まれたところの一里(4km)四方で採れた、季節の産物を食していれば健康に害なし」と言われています。最近クローズアップされているようです。実際はそのことに徹するのは「勇気」と「体力」と「資本」と言うたいへんな努力が必要なのも事実です。
 ジャンルは違いますが、その解かり易い例として「家」が挙げられるのではないでしょうか?昔の家は100年以上経っても丈夫に建っているのに、現代の家の建替え寿命は30〜35年だそうです。その一番の理由は、言うまでも無く我々現代人の生活意識が贅沢になり、建替え期が早まっている事であります。ならば現代の家は100年200年もつかと言えばそれはとても難しいのです。技術(防腐加工、防白蟻加工など)は格段に進んでいるのになぜか??
 それは「材料が洋材」だからなのです。100年経っている家の材料の木は、その土地独特の気候(例えば我々の北陸地方なら毎年冬は雪に、夏は高温多湿の気候)に晒されて何十年、何百年も育った樹木を、伐採後にそのまた何年もかけてその気候下で乾燥させて初めて使用していました。狂いが少なく、その土地独特の気候の影響にも対応できるのだ。と考えると合点がいきやすいのではないでしょうか。
 若干の飛躍はありますが、「住も然り」「食も然り」と思います。「その土地にふさわしいものはその土地で」という「地産地消」の考え方も大切であるし、消費という観点だけで無く、人間も土地の一部であるという「身土不二」の考え方をしっかり持たないと真の意味での食の安全は語れないと思えます。


<春のイベント>
桜の花が散り、新緑のころを迎えるこの頃になると、あちこちでイベントが盛んに行われるようです。寺井では、九谷茶碗祭りなど行楽シーズンを控え大忙し?のようです。皆さんもちょっと足を伸ばしてみては如何でしょうか?思わぬ穴場にめぐり合えるかもしれませんよ。

<兼六園プチ情報>
金沢市内では、広坂にて道路祭りが行われます。また、毎年、ゴールデンウィーク(4・5日)はパークアンドバスライドが行われます。兼六園周辺では、大規模な一方通行・武蔵はバス専用レーンが実施されますのでお出かけの際はご確認を!


☆お祭り・イベント情報
・青柏祭(七尾市中心街)
詳細は未定です実行委員会などでお確かめ下さい
 花嫁のれん展は開催(市内一本杉通り)
・九谷茶碗祭り
 5月3〜5日
・お旅祭り(小松市市内各所)
 5月11〜15日
・美川おかえり祭り(新町筋)
 5月19・20日


 
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蔵ごよみ(卯月)
4月の蔵ごよみ暖冬を振り返って)


 今年はこれまでに類を見ない暖冬でした。
3月の半ば過ぎからは春の装いでしたが、やはり、4月になると木々の緑が一斉に色づきだし、本格的な春の息吹を感じます。

今年の暖冬は酒造りにとっても大変苦労の多い年でした。中村酒造株式会社の野々市「榮蔵(さかえぐら)」は全国でもトップクラスの製造温度を管理のできる酒蔵です。多くの酒蔵と最も違う点は、酒蔵全体が大きな冷蔵庫のような保温機能を持っているため、今年のように外気温度が2月でも15℃を超えるような異常な気候でも蔵の内部温度は真冬の温度を保てます。もちろん当蔵も他のお蔵も品温管理のため、仕込みタンク等の個別冷却は常におこなっていますが、表面接点の温度差など細かな点で外気温度に左右される点も多く、繊細な酒造りにとって影響があることは必至であり、その点では蔵全体をいつもの冬の温度に冷却できる機能はたいへん重宝しました。

また、当蔵では日頃より掛米を蒸した後直ぐに8℃以下まで冷却をしてから仕込みに使用します。なぜなら、仕込みに高温の材料が入ると急激に仕込温度が上がってしまい温度管理が困難を極めるため掛米ももろみの温度に適した低温にして仕込みに使用します。(微生物の酵母は活動時に発酵エネルギーとしての熱を発生し、それを人が温度調節し管理しないと、次第に高温となり酵母の活動がより活性化し、もろみ日数が少なくなり、粗雑なお酒が早くできてしまいます。)我々の酒蔵では味のきれいな酒質にするために、全てのもろみをできるだけ低温で長期間しっかり管理しながら発酵させたいと考えています。このような掛米の冷却も一般では寒の時期なら外気にさらして終了するのですが、今年のような暖冬では温度をきっちりと管理対応できる設備があることを幸いと感じました。

上記は一例ですが、全工程において例年に無い様々な気配りをしなけらばならない杜氏泣かせの冬でした。

しかしながら、それでもどうしても手に入れられなかった物があります。それは「空気」です。毎年金沢には寒作りの時期に深々と雪の降る日が続きます。雪が降ることは前述の外気温下げてくれて、酒造りに格好の環境を与えていただけるのはもちろんの事、もうひとつ大きな効果があります。それは「空気の浄化」です。雪は空から降ってくる間に空気中の「塵」や「埃」、はたまた大気中の様々な「菌」まで地面に洗い流してくれます。(雪が降った後は、空気がピンと張り詰めるような清浄感を体験できる)残念ながらフィルーたーによる空気の浄化は行ないましたが、この自然の環境を手にする事は不可能でした。

自然は偉大です。我々は天の神様からその年に与えられなかった環境を手に入れようと様々な叡智で努力しますが、酒造りはやはり、どんなに近づいた様な気がしても遥かに高いところにある神の業なのだという事も強く感じさせられる暖冬でした。


 
2007年03月09日
蔵ごよみ

   <酒蔵だより(弥生)>

 梅のつぼみも膨らんで、日ごとに春の訪れを感じる季節となりました。
3月の代表的な日本の季節ごとといえば、3月3日の「ひな祭り」があります。「ひな祭り」は現代では、桃の花の咲く頃に女の子の成長をお祝いするお祭りとして知られていますが、元々は「上巳(じょうし)」の節句と呼ばれていました。

 「上巳」とは陰暦3月の最初の巳の日を指し、古来中国では川のほとりに人々が集って「上巳祓い」の儀式をしたことが始まりで、魏の時代から3月3日に行 われるようになりました。その後、文人らが川の上流より盃を流し自分のところにたどり着くまでに詩を詠む「曲水の宴」へと形を変えてゆきます。
 日本では貴族階級で上記のような流れを汲む「曲水の宴」と、もうひとつ、古来より巳の日の祓いとして草や紙で「ひとがた」を作り川や海に流す行事もありました。  

 この 「ひとがた」が、やがて人形になり平安時代には宮中で「ひいな遊び」というお人形遊びへと結びついてゆきました。この「ひいな遊び」今日の「ひな祭り」の語源といわれています。また、この「ひとがた」でけがれを祓う上巳の節句が現在のような女の子の祭りになったのは、江戸時代の初期に京都御所で盛大に行われたのをきっかけに幕府や大奥でも「ひな祭り」を行うようになり、次第に武家階級から町人へと、江戸から地方へと広まってゆきました。

 「ひな祭り」につき物の飲み物といえば童謡「ひなまつり」の中にも歌われている「しろざけ」です。これに似た飲み物として「にごり酒」と「甘酒」があります。
 この3つのお酒?を分類すると大きく分けてお酒か?お酒でないか?に区分できます。実は「にごり酒」だけがアルコールの入った税法上の本物のお酒で、その他の二つは違います。
 「しろざけ」と「甘酒」はいずれも「甘酒」の種類で、「しろざけ」はお酒が発酵する前の米と米麹をすり潰して、練ってつくるので、製法から<麹甘酒>と呼ばれます。
 一方、「甘酒」は酒粕に砂糖、しょうが等で味付けをし、煮ながら酵母の活性を止め、アルコール分も蒸発させてつくる為<粕甘酒>と呼ばれています。この季節に食前酒やデザートのソースやドリンクとして「にごり酒」「しろざけ」「甘酒」等を利用した一工夫でメニューに日本的な季節感を出してみてはいかが?

    <酒粕を用いた甘酒の作り方>
 1.  酒粕は小さくちぎる。 
 2.  土ショウガは皮をむき、繊維を断ち切る方向にすりおろす。 
 3.  鍋に酒粕、砂糖、水を加えて中火にかける。煮立てば弱火にし、鍋の蓋をして10分煮る。 
 4.  フードプロセッサーでペースト状にして網を通し、鍋に戻して中火にかける。煮立つ直前に火を止める。 
 5.  器によそい、おろし土ショウガをのせる。土ショウガを混ぜていただきます。

  材料(4人分)
  酒粕 …  80〜100g
  砂糖 …  大さじ6
  水 …  600ml
  土ショウガ …  1片


 
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2006年10月12日
お酒の話(その4)
贈り物をするときに熨斗(のし)紙をかけます。現代では儀礼的になって熨斗紙を当てたり、そこに送る側の名前を記すことが重要な目的になってきていますが、本来重要なことは熨斗が貼ってあると言うことなのです。熨斗をしげしげ見る機会は少ないでしょうが一度見てください。茶色い細い紙を紅白の(お祝い事の場合)奉書紙で菱形に折り包んであるものである事がわかると思います。特にこの茶色い紙は何を表現しているか言うと熨斗あわびを表現しているのです。奉書紙は贈り物にするためにお包みした形で(今風に言えばラッピング)、つまり酒の肴の表現しているのです。その意味するところは「お酒をお届けするのに酒の肴も併せてお届けするのが正しい礼儀である事は存じていますが、今回は略式でお酒だけお届けいたします。」と言うことを意味しているものと考えてください。 
現代において古来からの習慣が意味や表現を変えて伝承されている例は多々ありますし、それを正しても仕方の無いことですが、お中元にお品をいただいた方もいらっしゃると思いますが、これを機会に皆さんも日本の習慣を見つめ直して見てください。

 
2006年10月05日
お酒のおはなしその3
今回はお酒の贈答についてです。古来より現在に至るまで酒は贈答品の代表的な商品であります。それはなぜかと言うと、お中元、お歳暮の恒例の贈答をはじめ結婚のお祝い(特に地元の石川県では多いようですが)等の祝い事のお印としてや地鎮祭、お祭り等の神事関係のお供え物として、御礼や近火見舞い等のちょっとした気遣いの持参品として貰った方に喜ばれ、且つ、ある程度の保存性もあり貰った人が個人でも皆でも楽しんででもらえる商品だからなのではないでしょうか。しかしながら、伝統的に見れば前述の動機よりさらに深い理由があるのです。すなわち、それはお酒が日本における贈り物の原点であるということなのです。つまり、古来から贈り物と言えば=(イコール)「お酒」であった訳であり、そんな意味では日本酒を贈答品にすることは至極当然の事なのかもしれないと言うことなのです。
 
2006年09月27日
「酔い」についてその2
アルコールの分解時にはもう一つMEOS(ミクロソームエタノール酸化酵素)という酵素も加わります。この酵素はアルコールの量が増えると活性化するので、飲酒の頻度が多いとお酒に強くなってくるのはこの酵素の特性によるものです。最近「焼酎が二日酔いをしない」というはなしを耳にします。もちろん蒸留酒ですので日本酒やワインやビールといった醸造酒に比べお酒の中に含まれる糖分、アミノ酸(どんな食べ物でもそうですが、これが旨みの成分になるのですが・・・)の含有量は少ないので体内でのアルコール分解速度は醸造酒に比べ早くなることは事実のようですが、それよりも明確な要因は現実の飲酒場面で水やお茶で割って飲用されるという点です。すなわち、一般的な日本酒はアルコール度数14%から15%です、水割りにして飲まれている度数は7%から9%位が普通となっているのです。このことは、実際にアルコール度数の低いお酒を飲んでいるという事実と共に、さらに重要な事として同時に大量の水分を摂取しているということが挙げられるのです。よく飲みすぎると「夜中に喉が渇く」ことがあります。それは前述の分解の過程で体内の水分もあわせて必要としているためなのです。したがって日本酒の飲用時にも水で割って飲むことも一つの方法と考えられます。(事実江戸時代から明治期にかけてまで「玉割り」と称する水割りによる飲酒方が主流のようでした)しかし現在の日本酒は酸度が低く加水をすると味のバランスを崩してしまい水割りには向きません。(それ自体で味が完結するように製品設計をして造られているから)したがって、日本酒を飲みながらおいしい水をチェーサーとして一緒に飲むのも一つの日本酒の楽しみ方なのかもしれません。(私は個人的に結構お勧めデス)いずれにしてもMEOSの活性によっても、チェーサーでも、蒸留酒派でも肝臓にかかる負担は同じです。大量の飲酒を続けることは肝障害を引き起こす恐れがあります。人それぞれに適正飲酒量は違いますが、適度の飲酒はストレスを発散し心を和らげ、コミュニケーションを促進し、食欲の増進や内蔵機能の活性化を助ける役割がある人間社会に大切な行為と考えられます。適正飲酒で体を大切にして楽しくお酒をお飲みください
 
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